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 教室は賑やかだった。

 今日が特別というわけではない。二学期になってから教師のいないホームルームは、いつもこんな様子だった。

 少年も席替えで運よく前の席になった山川とがなり合っていた。

「静かにしてください」

 張りのある透明な声が教壇から響いた。麻子だった。

 何かについてクラスで決めなければならず、委員長の登場となったのだ。学級委員は二期制で九月一杯が彼女の任期だった。 

「……ということですけれど、どうしましょうか」

 白いセーラ服の麻子は背筋を伸ばし、はにかむことなく言った。

 と、西山が声変わりしていない声で甲高く、

「そんなこと知るかぁ」

 叫んだ。それが合図だったかのように教室のいたるところから、

「そうだ、そうだ」

「しらねぇぞ」

 声が飛びかった。

 麻子がみんなから嫌われていたわけではない。教師が来ないのをいいことに、男子がいつも以上に羽目を外し、女子もそれを面白がっているというところだった。

 少年は声を浴びせかけることこそしなかったけれども、気持ちは皆と同じだった。 

 麻子は教室の後ろを見つめてしばらく教壇に立ち尽くしていた。

 彼女が何も言わないのをいいことに、教室は騒然となり始めた。麻子のことを気にかけているものなどないようだった。おそらく少年を除いては。

 彼女が何と言うのかが少年には気がかりだった。黙っている麻子と騒然とした教室の対比がしばらく続いた。

 その時だった。

 顔色一つ変えなかったけれども、麻子の瞳から涙があふれ出したのだ。涙はまっすぐ彼女の頬を伝った。

 彼女は涙を拭おうともせず、顔を上げ、背筋を伸ばし教壇の上からきっぱり言った。

「とにかくこのことは今日中にクラスで決めなければいけないんです」

 少年の心は震えた。

「おい、静かにしようぜ」

 少年は思わず真剣な口調で言った。

 その言葉でというより、麻子の涙に気づいて教室は一瞬にして静まり返った。

「それでは話し合いたいと思います」

 麻子は涙を右手の甲でさっと拭うと、普通に話し始めた。

 震える心のままに、少年は麻子を見つめ続けていた。話し合いなどは頭に入らなかった。

 麻子の涙にぬれた瞳が秋の夕暮れの淡い光を受けて輝いている、ように思えた。

 それが少年と麻子との本当の出会いだった。