ミロ展を観ての二度の衝撃から、感性の変容、近代の乗り越えの可能性について考えてみました。十三回の連載です。 作品の印象、展示空間の記憶、そして日々の感覚の揺れをたどりながら、 自分の内側が変わっていく可能性を考えています。
お楽しみください。
第一回 ミロ展での「花火」の衝撃についてです。
第二回 ミロ「花火」への日本の影響について考えます。
→(第二回)ミロ「花火」と日本—— ミロの衝撃、あるいは感性の変容 | 芸術をめぐって
第三回 ミロ「花火」へのアメリカの影響と、タイトルの意味を考えます。
→(第三回) 「花火」とアメリカ タイトルの意味——ミロの衝撃、感性の変容 | 芸術をめぐって
第四回 ミロの衝撃の大本にある彼の考えに迫ります。
→(第四回)ミロの衝撃の源泉——ミロの衝撃、感性の変容 | 芸術をめぐって
第五回 ミロの姿勢への共感についてです。
→(第五回)ミロへの共感——ミロの衝撃、感性の変容 | 芸術をめぐって
第六回 自身の中にある囚われに気づく、ミロによる第二の衝撃についてです。
→(第六回)自身の囚われ、二度目の衝撃——ミロの衝撃、感性の変容 | 芸術をめぐって
第七回 ミロ再発見の可能性を求めてミロ展を再訪します。
→(第七回)ミロ再発見の可能性とミロ展再訪——ミロの衝撃、感性の変容 | 芸術をめぐって
第八回 ミロ再訪による発見と花火の前哨についてです。
→(第八回)ミロ再訪での発見と花火の前哨——ミロの衝撃、感性の変容 | 芸術をめぐって
第九回 ミロ再訪による美意識の再考についてです。
→(第九回)ミロによる美意識の再考——ミロの衝撃、感性の変容 | 芸術をめぐって
第十回 ミロ再訪による力観の更新についてです。
→(第十回)ミロ再訪による力観の更新——ミロの衝撃、感性の変容 | 芸術をめぐって
第十一回 これまでのミロ解釈の違和感と自身の見方を語ります。
→(第十一回)ミロ解釈への違和感——ミロの衝撃、感性の変容 | 芸術をめぐって
第十二回 新たな意識で「花火」がどう見えるか、についてです。
→(第十二回)新たな意識での「花火」——ミロの衝撃、感性の変容 | 芸術をめぐって
最終回 近代を超えるミロの可能性と、その人間像についてです。
→(最終回=第十三回)近代を超えるミローーミロの衝撃、感性の変容 | 芸術をめぐって
どこからでも読めますが、順を追っていただけると、より楽しく読んでいただけるかと思います。
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